まばたきの隙に

数行に、そのままに、

瑠璃色の日々 《7・私の中》

七・《私の中》

 

 何に影響されたのか、私は人生の全てを快、不快で分けた時に自分が不快と感じることは8割自分せいで、残りはどうしようもない理不尽だと思うようになった。そう考えたら私は楽になった。よく聞くが人を変えるより自分が変わる方が早い。仕事で起きた嫌なことも家で起きた嫌なこともほとんどが自分の過去の選択故(または選択で避けられたはずのこと)なのだ。だから私が今感じているこの「怒鳴り声」のことも私がもっと国語やコミュニケーション基礎なんかを勉強していたら良い伝え方を得られたかもしれない(しなかったのは私)。そしてこれから学べばなんとかなるかもしれないという選択肢も出てくるが、結局は自分なのだ。例えば「あぁなんでこれをつかったのよ…」と言っても伝わらない人間をどうこうするより、「私がここに置いてたからね」と、面倒でもダイエットになるわと別のところに置くようにした方がずっと楽だ。不快に思う事も考えてみれば回避できたはずのこと。それなら今度からこうしようと思うと傷が浅くすむ。